東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)176号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は、以下に説示するとおり正当であつて、原告の主張は、すべて理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第二号証(本願発明の願書並びに添付の明細書及び図面)、第八号証(昭和五六年四月二〇日付手続補正書)及び第九号証(昭和五六年一〇月二三日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、1トランジスタ型DRAMに関する発明であつて、別紙図面(一)第1図及び第2図に示す従来の1トランジスタ型DRAMにおいては、情報の書込み及び読出しが差動型センス増幅器141ないし14iを中間として両側に配置されたバンク12及び13において共にビツト線X1ないしXiを介してその一端から行われるため、特に該ビツト線の開閉を行う制御用MIS電界効果トランジスタ181ないし18iに遠い側、すなわちバンク13側の記憶素子に対しては、情報の書込みが遅くなり、また、情報の読出しに際しても、バンク13側の記憶素子の出力は、差動型センス増幅器141ないし14iにおいて比較増幅されても充分な値に達しなかつた場合、出力増幅器22において参照電圧よりも高くないと反転され、出力端子23には誤つた情報が取り出されてしまうという欠点を有していたことから、本願発明は、このような従来の1トランジスタ型DRAMの有する欠点を除去してより速い速度で情報の書込みが行え、更に、情報の読出しの時に誤りを生じない1トランジスタ型DRAMを提供することを目的とし、本願発明の要旨(明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したもので、特に、二本の平行するビツト線を一個の差動型センス増幅器に接続し、右差動型センス増幅器の出力をそれぞれのノードからビツト線制御用MIS電界効果トランジスタを介して入力及び出力増幅器へ接続するという構成を採用したことにより、情報は直接希望するビツト線へ入力され、従来のように差動型センス増幅器に対してビツト線を対称に配置したものに比較して、情報の書込みを速く行うことができ、特に、差動型センス増幅器の状態を反転させて情報を書き込む場合、ビツト線に異なるレベルの電位を直接結合することにより、従来のように差動型センス増幅器の一方のノード端子にのみ所定レベルの電位を供給して行うよりも高速で行うことができ、また、情報の読出しのときには、その情報出力を差動型増幅器、例えば101及び114において二段増幅するため極めて大きな出力を取り出すことができ、また、このとき、差動型増幅器114においては、従来のように参照電圧を用いないで他方のビツト線の電位を参照電圧とするため、情報出力はより大きな出力とされ、従来のように誤つた情報となることがないという効果を奏することが認められる。他方、引用例に本件審決認定のとおりの半導体記憶装置が記載されていること、並びに本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであること、すなわち、本願発明が電気的にバランスがとれた平行する二本の情報入出力線を介してビツト線選択用スイツチに接続された書込み用入力増幅器を備え、書込み情報に応じて該書込み用入力増幅器が出力する書込み信号及びその反転書込み信号を該二本の情報入出力線及び該ビツト線選択用スイツチを介して該第1及び第2のビツト線に印加しているのに対し、引用例には情報の書込み手段に関する明示的な記載がない点(換言すれば、情報の読出し用に用いられている二本の情報線と二本のビツト線を情報の書込みに兼用させる技術手段の記載の有無)で相違し、その他の構成は両者すべて一致するものであることは原告の認めて争わないところである。
ところで、右相違点について、本件審決は、周知例(一)及び周知例(二)を引用して、「この種記憶装置」において、情報出力線と情報入力線とを兼用して情報入出力線とすることは周知慣用の技術であり、その場合、情報の読出しを電気的にバランスがとれた平行する二本の情報線によつて行うときには、情報の書込みも右二本の情報線に対して差動的に入力すること、すなわち、二本の情報線に対して各々書込み信号及びその反転書込み信号を印加することは常套手段であるから、引用例記載の半導体記憶装置の情報書込み手段として、上記周知の情報書込み手段を採用することは、当業者が任意に実施し得る設計的な事項にすぎないものと認められ、この点の相違は単なる構成の変更の域を出ないものであると認められるから、右相違点によつて、両者がそれぞれ別個の発明を構成するものとは認められない旨認定判断しているところ、原告は右認定判断を争うので検討するに、成立に争いのない甲第六号証(周知例(一))によれば、周知例(一)には、二本のビツト線がメモリ・セルに結合され、メモリ・セルに対する情報の書込み及び読出しは、相補の情報を右二本のビツト線とそれに接続されるビツト/センス導体に供給することによつて行う4トランジスタ型DRAMが記載されていることが、また、成立に争いのない甲第七号証(周知例(二))によれば、周知例(二)には、センス増幅器の両側に対称的に二本のビツト線が配置されるとともに、各ビツト線にそれぞれメモリセルが接続され、また、右二本のビツト線は各々対応する二本の入出力線(情報線に相当)に結合され、右二本の入出力線間に出力センス増幅器が接続された構成を有する1トランジスタ型DRAMであつて、情報の読出し時には、Yデコーダの出力により複数のビツト線の一つを二本の入出力線のいずれかに結合し、それによつて供給された入出力線の情報は出力センス増幅器で増幅され、差動情報として二本の出力線に送出され、一方、情報の書込み時には、情報は書込み増幅器から一方の入出力線に供給されるようになつている1トランジスタ型DRAMが記載されていることが認められ、右事実によれば、本件審決にいう「この種の記憶装置」とは、1トランジスタ型DRAM及び4トランジスタ型DRAMをも包含するDRAMを指称するものと解され、かつ、本件審決認定のとおり、DRAMにおいて情報出力線と情報入力線とを兼用して情報入出力線とすることは本願発明の原出願である実用新案登録出願前周知慣用の技術であつたものと認められるところ、引用例記載の発明に係る半導体記憶装置も本願発明に係る半導体記憶装置と同様DRAMであるから、情報の読出し手段に加えて情報の書込み手段をも備えているものであつて、引用例記載の情報出力線は情報入力線としても使用されているものと認められる。また、前掲甲第六号証によれば、周知例(一)記載の4トランジスタ型DRAMにおけるメモリ・セルがフリツプフロツプ回路によつて構成されていることは、その記載から明らかであり、かつ、情報の書込みは、二本の情報線に対して各々書込み信号及びその反転書込み信号を印加することによつてなされているものであつて、右方法が4トランジスタ型DRAMにおける情報を書き込むための常套手段であると認められるところ、4トランジスタ型DRAMと本願発明及び引用例記載の発明に係る1トランジスタ型DRAMとでは、メモリ・セルを構成するトランジスタの数が異なるほか、4トランジスタ型DRAMにおいては、メモリ・セルの二つの入力端子に二本のビツト線を接続し、それに二本の情報線を接続しているのに対し、右の1トランジスタ型DRAMにおいては、メモリ・セルは一本のビツト線に接続されているだけである点で相違するものの、情報の読出しについていえば、本願発明及び引用例記載の発明に係る1トランジスタ型DRAMにおいて用いられている差動センス増幅器は、4トランジスタ型DRAMのメモリ・セルと同様にフリツプフロツプ回路により構成されているもので、フリツプフロツプ回路はその入力端子に信号を印加して回路の動作状態を反転させる場合、一方の入力端子に信号を印加するものよりも、両方の入力端子に相補信号を印加する方が、その反転速度が速くなることは、成立に争いのない乙第四号証(昭和三四年一〇月二五日株式会社誠文堂新光社発行のソニー株式会社編集「ジエネラル・エレクトリツク・トランジスタ・マニユアル」第八五頁ないし第八九頁)の第12図(A)とその説明に示されているように周知のことであるから、周知の4トランジスタ型DRAMと本願発明や引用例記載の発明に係る1トランジスタ型DRAMとは、二本のビツト線からメモリ・セルに直接あるいは二本のビツト線からセンス増幅器を介してメモリ・セルに情報の書込みを行う態様において異なるところはなく、前述の情報の書込み及び読出しにおける常套手段を考慮すれば、引用例記載の1トランジスタ型DRAMに設けられている二本のビツト線に接合された二本の情報線に、書込み信号及び反転書込み信号を印加することにより、情報の書込みに使用することができることは明らかである。そうであるとすれば、引用例には、差動センス増幅器を介して接合する二本のビツト線に接続した二本の情報線は情報の書込みにも使用するものであることが実質的に記載されているものと解することができ、右事実に、前認定説示のとおり、引用例記載の平行する二本の情報入力線は電気的にバランスのとれたものであり、また、情報の書込みに際し、入力信号を増幅するための入力増幅器を設けることは自明のことといえるから、結局、引用例には、電気的にバランスがとれた平行する二本の情報入出力線を介してビツト線選択用スイツチに接続された書込み用入力増幅器を備え、書込み情報に応じて該書込み用入力増幅器が出力する書込み信号及びその反転書込み信号を該二本の情報入出力線及び該ビツト線選択用スイツチを介して二本のビツト線に印加する構成は、実質的に記載されているものと解するのが相当である。原告は、本件審決にいう「この種記憶装置」とは本願発明や引用例記載の発明における1トランジスタ型DRAMを指称するものと理解したうえで、1トランジスタ型DRAMと周知例(一)記載の4トランジスタ型DRAMとは、それ自体の構成が異なるばかりか、情報の読出し及び書込みのやり方も相違するから、4トランジスタ型DRAMについての周知技術を1トランジスタ型DRAMの周知技術とする本件審決の判断は誤りである旨主張するが、前認定説示のとおり、本件審決にいう「この種の記憶装置」とは、1トランジスタ型DRAMや4トランジスタ型DRAMをも含むDRAMを指称するものと解されるのであるから、原告の右主張は、その前提において誤つているばかりか、1トランジスタ型DRAMと4トランジスタ型DRAMとでは、メモリ・セルの構造は前述のとおり相違するものの、情報の書込み及び読出しを同一の情報線によつて行つている点で共通しており、その点をDRAMに共通する周知の技術と認定することに問題はないから、いずれにしても原告の右主張は、採用することができない。また、原告は、1トランジスタ型DRAMにおいてセンス増幅器に接続される二本のビツト線を並設する場合には一個のメモリ・セルは一本のビツト線にしか接続されず、もう一本のビツト線は接続されないから、情報の書込みにおいて二本の情報線から二本のビツト線に書込み信号を印加したとしても、メモリ・セルの接続されない側のビツト線への書込み信号は、当該メモリ・セルには直接影響を及ぼすものではなく、書込みにおいて二本の情報線を使用することに別段利点は見いだされず、また、1トランジスタ型DRAMでは一本の情報線を使用して書き込むことが周知慣用の技術的手段であつたのであるから、引用例に記載のない書込み手段は一本の情報線によるものであるとするのが相当であり、したがつて、二本の情報線に対し、書込み信号及びその反転信号を印加するという書込み手段を常套手段とする本件審決の認定判断は誤りである旨主張するが、本件審決は、前示のとおり、「この種の記憶装置において、情報出力線と情報入力線とを兼用して情報入出力線とすることは周知慣用の技術……であり、また、その場合、情報の読出しを電気的にバランスがとれた平行する二本の情報線によつて行うときには、情報の書込みも右二本の情報線に対して差動的に入力すること、すなわち、二本の情報線に対して各々書込み信号及びその反転書込み信号を印加することは常套手段(周知例参照)であると認められる」と判示しているのであつて、1トランジスタ型DRAMにおいて二本の情報線を使つて情報の書込みを行うことが常套手段であると判示しているわけではないのであるから、原告の右主張は独自の主張といわざるを得ない。そして、既に説示したように、引用例には、メモリ・セルに結合されるビツト線は一本であつても、そのビツト線と対のビツト線とを差動センス増幅器を介して結合し、情報の読出しは右二本の情報線と二本のビツト線とを用いて行つていることから、二本の情報線を用いて情報の読出しを行うことが明示されており、しかも、前認定説示のとおり、4トランジスタ型DRAMと同様のフリツプフロツプ回路により構成されている差動センス増幅器に右二本の情報線を使つて書込み信号及びその反転信号を印加すれば、速く書込みができることは周知の事項であつたのであるから、引用例には、二本の情報線を用いた書込み手段も実質的に開示されているものと解することができるのであつて、原告の右主張は、採用することはできない。
そうであるとすれば、本件審決には原告主張の違法の点はなく、本願発明と引用例記載の発明とは実質的に同一であるとする本件審決の認定判断は、その結論において正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
一個のトランジスタとこれに付加された一個の静電容量素子とにより一個の記憶セルを構成する半導体記憶装置であつて、複数の平行する第1及び第2のビツト線の対と、該ビツト線に交差する複数の第1及び第2のワード線と、前記第1のビツト線と第1のワード線との交点及び前記第2のビツト線と第2のワード線との交点に設けられた前記記憶セルと、前記第1及び第2のビツト線がそれぞれノード端子に接続された差動型センス増幅器と、前記第1及び第2のビツト線の対にそれぞれ設けられかつコラムデコーダにより開閉するビツト線選択用スイツチと、電気的にバランスがとれた平行する二本の情報入出力線を介して該ビツト線選択用スイツチに接続された書込み用入力増幅器及び読出し用出力増幅器とを有し、書込み情報に応じて該書込み用入力増幅器が出力する書込み信号及びその反転書込み信号を該二本の情報入出力線及び該ビツト線選択用スイツチを介して該第1及び第2のビツト線に印加するようにしてなることを特徴とする半導体記憶装置。